マヌカン…?何それ?

さて、私たちの平凡な日常に「小便小僧」が登場して数か月。

着々と準備が進むなか、今回の企画の主役である寄贈衣装の縫製は、和裁に長けた母方の祖母が手がけることになっていた。祖父母の家がある街までは、車で約40分ほど。ドライブにはちょうどいい距離とあって、母・姉・私でときどき衣装の進み具合を見に行っていた。その週末も、たしか(母方の)祖母宅に行く予定で、私は母に「日曜日っておばあちゃんちに行くんだよね」と聞いた。

「そうよ、マヌカン・ピッスのことで持って行くものがあるから」

???
マヌカン・ピッスってなんだ?母は当たり前のように口にしたけれども、どう考えても初めて聞く単語である。

「マヌカン・ピッスってなに?」
「あらやだ、知らなかったの?小便小僧のことよ」

知らないよ。
なんでも小便小僧をベルギーの現地語で言うとこうなるそうで、マヌカン=人形、ピッス=小便。

聞き慣れない横文字で?わざわざ言いかえる??小便小僧を???
あまりの気恥ずかしさにクラッと来たものの、呼び名変更の理由はすぐピンと来た。きっと、織物作家である父方の祖母、通称“先生”の仕業だ。

先生は創作を生業とする人だけあってか、自分なりの美意識やルールを持っていて、たとえば孫である私たち姉妹にも「おばあちゃん」ではなく、先生と呼ぶように言っていた。
(実際、初孫である姉が生まれたときはまだ40代の若さだったので、分からないでもないのだが)。

私に同じ血が流れているのが不思議なほど先生は女子度が高く、後に82歳で亡くなる直前まで毎晩の丁寧なスキンケアは欠かさなかったし、常に髪やメイクも完璧。私たちの着る物はもちろん、言葉使いや振る舞いまで何か目につくところがあれば「下品!」と怒られた。

この「下品!」センサーに、小便小僧の“小便”部分が抵触しないわけがない。しかも先生が一度言い出したら、めったなことで意見は変えない。本当に手強いのだ。
「先生が『小便』なんて下品、とか言いだしたんでしょ」
そう聞くと、母は図星だったのか何なのか「でもマヌカン・ピッスのほうが素敵じゃない?えへへ」と答えのような、答えじゃないような返事を投げたあげく「これからはマヌカン・ピッスでよろしくね」と言い出した。

大人の決め事はときどき不思議

祖母が創業者、父が後継者の親子経営であり、自宅と仕事場がくっついていることもあり、我が家は家族が顔を揃える夕飯の時間も仕事の話になりやすい。食事中のテレビはニュースのみ、というルールもあったため、私たち子どもは大人の難しい話なぞ聞き流しつつさっさとごはんを食べ、洗い物を手伝ってからアニメを観るのが常だった。
しかしその日ばかりは気をつけて聞いていると…ホントに言ってる、マヌカン・ピッスって!

「ねえねえ、なんで小便小僧って言っちゃダメなの?」

そう聞くと、案の定「お食事中に、そんなこと言っちゃダメ」と先生にたしなめられた。しかしそう返ってくることは当然、想定内である。
「だって『小便小僧』って、銅像の名前でしょ?汚くないよ!」
なおも食い下がったのだが「ダメなものはダメです」と一刀両断。父と母は、ホントはおかしいと思っているはず。嫁である母が意義を唱えづらいのは分かる。でも息子のあなたはどうなんだい?と、そんな気持ちで父を見つめてみたのだが「マヌカン・ピッスは小便小僧っていう意味なんだから、同じことなんだよ」と優しく説明される始末。いやいや、我々子どもの世界では、小便小僧を指さして「マヌカン・ピッスだ」なんて言ってたら「なんだお前、気取ってんのか」ってフツーいじめられますよ。
大人って、ときどき変。どうも腑に落ちない瞬間だった。

週末は、予定どおり母方の祖父母のところに出向いた。

男性と肩を並べてバリバリ働き、生涯現役女子な感じを醸し出す先生とは対照的に、長年主婦として家庭を守ってきたのが母方の祖母、通称“ばあたん”。料理や裁縫がとにかく上手で、私たち孫にもよく服や小物を縫ってくれた。今回、衣装を作るにあたり、モデル役として用意されたのが美術の授業で使うような小便小僧の石膏像である。噴水の真ん中に置いてある“アレ”が、田舎に住む祖父母の生活の場にどんと鎮座しているのはなんとも不思議な光景だったが、着々と完成していく衣装を見るのは楽しみでもあった。「うわあ、だいぶできたね、衣装」と喜ぶ私にばあたんは言った。

「でしょう?小便小僧、あマヌカン・ピッスだったわね。うふふ」

そうだよね、ばあたん。やっぱり変な呼び名だよね。
ばあたんのいたずらっぽい「うふふ」を聞いたら、なんだか「まあいいか」という気持ちになった。

<続>