姉より「しぬ」攻撃、恐がりの本領発揮

大人になったいまはすっかり心臓に毛を生やしたが、うちの姉はもともと、筋金入りの恐がりである。

そのくせなぜか『水木しげるの妖怪図鑑』が大好きで、当時寝ていた和室にある柱が“妖怪 逆さ柱”かもしれない!と夜遅くまで見張っていたり。(本来、木が生えていた向きと上下逆に木材を使ってしまうと、木が妖怪になってその家に怪異をもたらす、という言い伝え)。
一緒にふとんに入れば、天井を眺めながら「ねえ、あそこの木目って、実は人の顔じゃない?」とかゾッとすることを言ってきたり。そうそう、たしか姉が4歳だったと思うのだが、突然夜中に飛び起きて、さめざめと泣きじゃくりながらこう言った。

「お母さん!死ぬのが怖い!死ぬのが怖いよ」

…あんたが怖いよ。
お化けや妖怪が好きなのは理解できるとして、どうしてあんな小さい頃から、姉の気持ちが「死」に向いていたのかは分からない。意識を持ちはじめたのすら最近で、そもそも「死ぬ」発想すら頭にないのが、3歳当時の私である。それを「死ぬのが怖い」とか泣かれると、得体の知れない怖さがヒタヒタとしのびよってくる。「こいつ、イヤなことを気づかせてくれやがって…」と子供心によく思っていた。

で、小5になっても姉の基本性質は変わらなかった。「ヨーロッパに行く飛行機が落ちたらどうしよう」と寝る前に話しかけてくるのである。いまやヨーロッパ直行便は当たり前だが、80年代は北回りの経由便が主流。アラスカのアンカレッジまで8時間、そこで給油してさらに8時間、計16~17時間のフライトだ。子どもの私たちにとっては、想像を超える長時間。姉からしてみれば、鉄の塊である飛行機が、そんな長い時間宙に浮いていることに無理があるらしい。

大人の決定の前には、子どもなんてたいそう無力である。私も大人になったので、今ヨーロッパに行けるなら楽しくてしかたないが、ヨーロッパに何があるかもよく分かっていない小学生にとっては漠然とした不安のほうが勝っていた。

「いぬ」さえいれば大丈夫

毎夜繰り広げられる、姉の「飛行機落ちるかも」攻撃から私の心を守っていたのは、犬だった。

というのも、姉が夢中になったのが『水木しげるの妖怪図鑑』なら、私を虜にしていたのが世界各国の犬種を写真と絵で網羅した『犬図鑑』。車を見て「スカイライン81年型!」と叫ぶ子どもとか、国旗を見て「パキスタン!」と当てる子どもがいるように、私は毎日毎日飽きもせず犬図鑑を眺め、世界の犬種を暗記し、道ゆく犬種を当てる子どもだった。

となると当然、父の口から「ベルギー」と言う単語が出たとき、私の頭の中にまず浮かんだのは、優雅な『ベルジャン・タービュレン』であり、フランダースの犬のモデルとされる『ブビエ・デ・フランダース』。うちにも北海道犬が二匹いて、彼らは最高に可愛かったのだけれど、図鑑の中で見るヨーロッパ原産犬たちは、さしずめテレビの中にいる憧れの俳優。北海道では一生お目にかかれないかもしれない彼らを、生で見られるのかも。そう思うと、怖い飛行機にだって乗る価値がある気がしていた。

そんなある日、父からまた呼び出しをくらった。うちの父は、非常にマメな性格である。いっそツアーコンダクターになったらいいのに、と思うほど綿密な行程表を作っており、それを見ながら「これはまだイメージだから、ここに書かれていないしたいこと、見たいものがあったら教えてほしい」と言うのである。

中身を見てたまげた。ベルギー旅行のはずが、ベルギーから南下しオーストリア、スイスを回ってフランスから帰国するルートになっていた。父の「せっかくなら」もここまでとは。

そんな驚きに加え、人三倍マメな父が、娘への威信をかけて作成した行程表である。名所旧跡と言われるものはパーフェクトに網羅されているばかりか、知らない単語も満載。小学生の知識で口を挟める隙はまったくもってなかった。それでも「ない」と味気なく返さず、「考えてみる」と賢い返事をした姉に対し、私は「ベルギーのペットショップを覗きたい」「スイスに行くならセントバーナードを見たい」とまったく空気を読まない要望を提案した。我ながら「そんなに犬かよ」という感じだが、なにしろ小3なのでご容赦いただきたい。父は苦笑いしつつ「分かった、犬が見たいんだな」と受け止めてくれた。

さて、着物の柄やデザインを決めたり、宿やガイドの手配をしたりと、日を追う毎に大人たちも準備や打合せを重ねており、一日で唯一、家族全員が揃う夕飯の席でも「小便小僧の旅で…」「小便小僧の服が…」と、小便小僧がらみの会話も増えていた。

<続>