なにゆえ小便小僧?

「次の春休み、小便小僧に着物を届けにベルギーに行くぞ」
父がそんな珍妙なことを言い出したのは、たしか小学3年の夏頃だったと思う。

北海道の中くらいの街で生まれ、ジャージを着て野山に遊ぶ田舎の子どもだった私。
“小便小僧”と言われて頭に浮かぶのは、庭園の噴水になぜか全裸でおしっこを垂れ流す、ちょっと目のやり場に困る少年の石膏像である。

たしかに彼は裸ん坊だけれども、なにゆえ私たちが着物を?しかもベルギーって??

ひとつ年上の姉のほうをちらりと見ると、空気が抜けたみたいにぽかんと口を開けている。
で、父に視線を戻すと、こちらはかなりウキウキしている様子。
わざわざ書斎に呼びつけられて何事かと思えば、小便とかよく分からないことを言ってはしゃいでいる父。
もしやこの人、昼だけどお酒飲んでいるのかも。マジメにそう思ったのを覚えている。

きょとんとしている姉といぶかしむ私に対し、父は笑いながらこう説明した。
そもそも小便小僧はベルギーにある歴史的な像で、私たちが公園などで目にする小便小僧像の起源であること。国際交流の意味を込めて、世界中からベルギーの小便小僧に衣装が寄贈されており、博物館に数百もの衣装が展示されていること。

子どもの私たちにも、このあたりで話が見えてきた。
私の実家は染織工芸を生業としている。詳しい経緯は知らないが、うちの織物を使った日本の着物を小便小僧の衣装に、という話が持ち上がったらしい。その話を引き受け、現地に寄贈に行くにあたり、それならせっかくだし娘たちを子ども大使のような形で連れていこう、というのが父の目論みらしかった。

父、ウキウキこぼれる。

ヨーロッパに子どもをふたりも連れていこうなど、今振りかえればずいぶん贅沢な話だと思う。
実際、平成の今となっては苦しい経営を強いられている我が家であるが、当時はバブル華やかなりし80年代。北海道の地方都市ですら、それなりに景気がよかった。

そしておそらく、父はヨーロッパが好きだった。というのも「昔スペインで観たガウディの建築には感動した」だの「ゲリラに間違われて入国審査で留め置かれた」だの、若き日に旅したヨーロッパについて、父が楽しそうに語っていた記憶が幼い私にもすでにあったからだ。

当時の父はちょうど今の私と同世代。まさに働き盛りである。
典型的な団塊世代で、ふだんの子育てはもちろん母任せだったけれども、子煩悩な人であった。
忙しい日々のなか、思い出のヨーロッパを娘たちと旅する機会がやってきたのに加えて、一緒に過ごす時間の量では到底勝てない母を出し抜き、娘たちに父の威厳とカッコ良さを示すビッグチャンスがやってきたわけで。

あの時の表情や振る舞いなど、あちこちからこぼれ落ちでていたウキウキ感も、大人になった今思えば、至極納得がいくのである。

さて、そんな父の様子をよそに、私たち姉妹はその夜から何度も、不安な胸の内を話し合っていた。

<続>